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漢文「より」の区別

「従」「自」「由」

これらは「より」と読み、時間や空間の起点を表します。

「乎」「於」

これらも「より」と読み、起点などを表します。

しかし、大きな違いがあります。

たとえば、「私は家より出る」というとき、
「従」「自」「由」を使う場合は
「吾従家出」
となります。
一方、「乎」「於」を使う場合は
「吾出於家
となります。

同じ意味の文章であるのに、「家より」の部分の位置が違います。

漢文を訳すとき、上のグループは普通に読み、下のグループは置字扱いして読まない、という違いが有りますが、その違いはどこから出てきたのでしょう。

ここで最初に立ち返ると、「~より」と訳したから混乱が生まれた、というのが思い浮かぶでしょう。
(実際はかなり考えてから思い浮かびましたw)

二つのグループ、意味的にはこうも訳せるわけです。
「吾従家出」=「私は家から出る」
「吾出於家」=「私は家を出た」

つまり上のグループは明らかに「起点」なのに対して、下のグループは「対象」の意味が強いのです。
これらの漢字の他の用例を見るともっと明らかです。
「従」「自」「由」は「~から」=「~を経由して」「~に由来して」という感じの「~より」
「乎」「於」は「~を」=「~に対して」という感じの「~より」

「乎」や「於」には対象・比較・受身などの用例も有り、これによって作られる節は動詞のあとに置かれます。

一方「従」「自」「由」は元々動詞で、それが虚字化したためこの位置になったとか。

英語にしても「from」であり、非常に似ている感じですが、ニュアンス的に大きな差があったんですね。
古代中国語ではこういうのを感覚として持っていたのでしょう。



他の言語を説明するのはとても難しいことです。というより「直訳」というのは無理なのでしょう。
その言語はその言語で完璧なのであって、他の言語で説明出来るものではありません。
だから日本語訳の物語よりも原文の方が好きです。
他の言語を修得するために最初は母語を使っても、段々とニュアンスを感覚で捉えられるようになる。
こうすれば原文が読めるでしょう。
「その言語で思考出来る」ことが第一歩かもしれませんね。

テーマ : 言語学・言語論
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

try

Author:try
千葉県1992年生まれ。
東京工業大学・生命理工学部
趣味はアニメ・ラジオ・ゲーム全般。声優に詳しい。
野球も好き。広島カープファン。
言語学が趣味で生物学は勉強中。語学はロシア語と中国語。
「学習は問題場面において解決を求めて行なわれるランダムな試行錯誤の結果生じるものだ。」―Thorndike

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