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「とんでもない」は一つの形容詞か

[日本語] ブログ村キーワード

「とんでもない」を辞書で引いてみると、

http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/162083/m0u/

[形]《「とでもない」の音変化》
1 思いもかけない。意外である。「―・い人にばったり出会う」「―・い発明」
2 もってのほかである。「―・い悪さをする」
3 まったくそうではない。滅相もない。相手の言葉を強く否定していう。「―・い、私は無関係だ」


そして語源について詳しくはこのとおり

http://gogen-allguide.com/to/tondemonai.html

つまり「途でもない」の転訛、
途(みち)にもない=道理に沿ってすらいない=思いがけない
ということです。

分解すると
「と でも ない」
となるわけですが、ここで一般的な意見をよくまとめてあるgoo国語辞典の補足を見てみます。

「とんでも」に「ない」の付いた形だが、「とんでも」が単独で使われた例はなく、「とんでもない」で一語と見るのがよい。とすれば、「ない」を切り離して「ありません」「ございません」と置き換えて丁寧表現とするのは不適切で、丁寧に言うなら「とんでもないことです」「とんでもないことでございます」「とんでものうございます」と言わなければならない。しかし、最近は「とんでもありません」「とんでもございません」と言う人が多くなっている。

問題となるのは、「とんでもない」が一語の形容詞なのか、それとも分解して他の語に置き換えてもいいものなのかということ。
(後に膾炙されてゆけば正式になるかも知れないが)一般的には「とんでもありません」は現在では誤用であるとされています。

しかし

誤用であるという根拠は
・過去に例がなかった
くらいなんですよね。

現在、「とんでもありません」という言葉を聞いて違和感を覚える人はいるでしょうか。
この句が誤用とされていることを良く気にかけている人はそう思うかも知れませんが、そうではない多くの人は普通に聞こえると思います。

ここで「とんでもありません」という語句について少し考察してみます。

成り立ちは「とんでもない」の「ない」を丁寧語に変えた、ということでしょう。
例えば
「私は男ではない」→「私は男ではありません」
のように、「ない」が単独で用いられる場合この置換は自然です。

では「とんでもありません」という語句において、「とんでも」というのはどのように機能しているでしょうか。

「も」に注目して、ある種の呼応の副詞としての働きと捉えてみます。
つまり、「とんでも」が否定の語を伴っている副詞だと捉えるということです。
しかし、この場合、例えば「図らずも」という副詞を例に比べてみると
○「図らずもそんなことは考えなかった」
×「とんでもそんなことは考えなかった」
○「図らずも失敗した」
×「とんでも失敗した」
のように、音は似ていても性質は全く異なることが分かります。

やはり、「でも」が係助詞として機能していると見るのが妥当でしょうか。
しかし、この場合も、通常の「でも」の用例と比べてみると
○「そんな考え、私にでもない」
○「そんな考え、とんでもない」
○「そんな考え、私にでもある」
×「そんな考え、とんでもある」
つまり、「ある」とは使えないんですね。
「ない」単独で見る場合、「ある」に置換すれば文内容を逆転することは出来ますが、「とんでもない」を「とんでもある」とは使えないわけです。

「とんでも」単独での役割は現行の文法では説明がつかなくなってきます。


ところで、「と学会」というオカルト学会があるんですが、そこで「トンデモ本」という単語が出ています。
これは「とんでもない本」の略だと捉えることも出来ますが、「とんでも」だけで「突拍子もない」という意味として機能している気がしませんか?
あと、1999年発売のゲームに、「とんでもクライシス!」というのがあるんですが、どのようなのを思い浮かべますか。
そう、とんでもないハプニングが起こるゲームです。
つまり「ない」が無くても「とんでも」だけで「とんでもない」の意味が出るわけです。
だからといって、「とんでもであります!」とか「とんでもじゃないでしょうか?」というと明らかな違和感があります。まぁ表題などにしか使えないといったところでしょうか。



まぁ、私たちが普段使っている「とんでもない」に「と でも ない」という分割された意味は含まれていない(頭の中で考えていない)のでなんとも言えないのですが、「とんでもない」を一語とすると、「とんでもありません」「とんでもございません」が誤用とせざるを得なくなり、誤用でないとするならば(「とんでも」単独での役割が見いだせない限り)後者の二つもそれぞれ一つの形容詞として認めざるを得なくなり・・・。
つまり現在の文法では説明が付きづらいのです。

言語は変化するものであり、それを説明する文法も変化せざるを得ないということでしょうか。
うむ、変なまとまり方だ。
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テーマ : ことば
ジャンル : 学問・文化・芸術

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Author:try
千葉県1992年生まれ。
東京工業大学・生命理工学部
趣味はアニメ・ラジオ・ゲーム全般。声優に詳しい。
野球も好き。広島カープファン。
言語学が趣味で生物学は勉強中。語学はロシア語と中国語。
「学習は問題場面において解決を求めて行なわれるランダムな試行錯誤の結果生じるものだ。」―Thorndike

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